「ひみこは、なぜ各地に残ったのか」
2013.09.02
卑弥呼というと、一人の女王が一つの国を治めていた姿を想像します。
でも私は、少し違うと思っています。
もともと「ひみこ」は、太陽を祀る巫女たちのトップを示す呼び名だった。
そう考えると、各地に似た祭祀や女性神の伝承が残っていることも不思議ではありません。
一つの集団が移動するとき、全員が同じ場所へ行くわけではありません。
その土地に残る人もいる。
途中で別れる人もいる。
さらに先へ進む人もいる。
そうして何世代もかけて枝分かれしていけば、同じ文化や風習が
遠く離れた土地に残ります。
私は、宇佐を中心にしていた太陽祭祀の文化も、そんなふうに
広がったのではないかと思っています。
ある集団は四国へ。
ある集団は淡路島へ。
そしてある集団は近畿へ。
移動した先には、すでにその土地の人たちが暮らしています。
山を祀る土地。
海を大切にする土地。
森や岩を神聖なものとして扱う土地。
そこへ「日の巫女」という太陽祭祀の風習が入ってくる。
でも、そのまま同じ形では残りません。
土地の文化と混ざり、少しずつ姿を変えていく。
私は、それが文化の進化だと思っています。
同じものをそのまま守ることが進化ではありません。
その土地に合う形へ変わりながら、根っこを残していく。
だから各地の祭祀が少しずつ違っていても不思議ではない。
違って見えるものの奥に、同じ古い記憶が残っていることがあります。
歴史を見る面白さは、そんなところにもあるのだと思います。
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