卑弥呼は、本当に一人の女王だったのか
2013.09.01
卑弥呼というと、邪馬台国を治めた一人の女王として知られています。
でも私は、「卑弥呼」が本当に個人名だったのか、ずっと気になっています。
中国側は、日本で聞いた「ひみこ」という音に漢字を当てただけだったのではないか。
そう考えると、「卑弥呼」という文字そのものに意味を求めすぎる必要はありません。
私は、
ひ=日、太陽
みこ=巫女
だったのではないかと思っています。
つまり、「ひみこ」は太陽を祀る巫女。
しかも、ただの巫女ではなく、巫女たちのトップ、祭事の中心にいた女性だったのではないか。
そう考えると、卑弥呼だけが突然現れた特別な存在ではなくなります。
太陽信仰という風習が先にあって、その中に代々「ひみこ」という役割があった。
各地の集団にも、それぞれの日の巫女がいた。
その中の一人が大きな勢力をまとめ、中国側から「女王」と見えた。
だから、その後に壱与が登場しても、同じ「卑弥呼」とは呼ばれない。
壱与は個人名だった。
一方で「ひみこ」は役職名だった。
私は、そう考えるとかなり自然に見えます。
さらに、宇佐、四国、淡路、近畿などに太陽祭祀や女性祭祀の痕跡が残っていることも、
別々の卑弥呼がいたというより、同じ風習が分岐して各地に残ったと考えればつながります。
移動した人もいた。
残った人もいた。
土地ごとの風習と混ざって、祭り方も少しずつ変わった。
でも根っこには、太陽を祀る文化が残った。
私は、卑弥呼を一人の超人的な女王として見るより、
何世代も続いた「日の巫女」という役割の一人
として見る方が、人間の歴史らしいと思っています。
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