石上神宮と物部氏|神宝と武器を管理した古代の技術集団
奈良県天理市にある石上神宮。
現在は日本最古級の神社の一つとして知られていますが、『日本書紀』を見ると、ここにはもう一つの顔があります。
それが、武器や神宝を集め、保管し、管理する場所としての石上神宮です。
『日本書紀』垂仁天皇39年条には、五十瓊敷命が剣一千口を作らせ、それを石上神宮に納めたという記述があります。
さらに垂仁天皇87年条では、石上神宮の神宝を物部十千根大連に管理させ、それ以後、物部連が石上神宮の神宝を管理したと記されています。
ここで見えてくる物部氏の姿は、単なる武力集団ではありません。
大量の武器や神宝を保管するには、場所だけでは足りません。
何がどこにあるのかを把握する。
必要な状態で保つ。
壊れれば修理する。
必要な時に取り出せるよう管理する。
そこには、今でいう在庫管理や品質管理に近い仕事があります。
さらに、剣や盾、玉などを作る人々とのつながりも必要になります。
つまり石上神宮は、祭祀の場所であると同時に、古代の重要な物資や技術が集まる拠点でもあったのではないでしょうか。
そして、その管理を担ったと記されるのが物部氏です。
物部氏という名前を、ただ「古代の有力豪族」とだけ見ると、この姿は見えません。
作る人。
運ぶ人。
保管する人。
管理する人。
祭祀で使う人。
そうした多くの仕事をつなぐ役割を持っていたからこそ、物部氏は石上神宮と深く関わったのではないでしょうか。
古代の社会を支えたのは、王や豪族の名前だけではありません。
物を作り、それを残し、必要な人へ渡していく仕組み。
石上神宮と物部氏の関係を見ると、古代にもそんな「ものづくりを支える仕組み」が存在していたことが見えてきます。