歴史では教わらない「日高見国」
2014.02.13
「日高見国」という国を知っていますか。
学校の日本史では、ほとんど耳にしない名前かもしれません。
ところが『日本書紀』には、はっきりと「日高見国」という名前が登場します。
景行天皇の記事には、東方に日高見国があり、そこに住む人々を総じて蝦夷と呼ぶ、という趣旨の記述があります。
もちろん『日本書紀』が編纂されたのは720年です。書かれている景行天皇の時代をそのまま同時代記録として扱うことはできません。
それでも面白いのは、8世紀初頭の朝廷が「東の向こう側」に、自分たちとは別の世界を意識していたことです。
日高見国が現在のどこだったのか。
東北だったのか。
関東にも広がっていたのか。
一つの国家だったのか。
広い地域を指す呼び名だったのか。
それは今も簡単には決められません。
ただ、一つ確かなことがあります。
古代の日本列島を、現在の日本地図のように最初から一色で塗ってはいけないということです。
都から遠く離れた東の土地にも、人々は暮らしていました。
田畑を耕し、川を渡り、船を使い、山を越え、死者を葬り、神を祀っていた。
そこには都とは別の生活があり、文化があり、地域社会がありました。
「日本」という一枚の地図が完成する前。
この列島には、いくつもの世界があった。
日高見国という不思議な名前は、その消えかけた世界をのぞく小さな窓なのかもしれません。
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