勝った側は、なぜ「正しい物語」まで必要だったのか
2014.06.23
戦争に勝つだけなら、相手を倒せば終わるはずです。
ところが人間は、そこで終わりません。
なぜ自分たちは戦ったのか。
なぜ相手を倒す必要があったのか。
なぜ自分たちが支配してよいのか。
その説明まで必要になります。
そこで物語が生まれます。
自分たちは秩序をもたらした。
相手は従わない者だった。
こちらは「征討」で、向こうは「反乱」。
こちらは「平定」で、向こうは「賊」。
こういう言葉は、とても便利です。
戦争が終わったあとに生まれた子どもは、戦場を見ていません。教えられた話を歴史として覚えます。
その次の世代も同じです。
やがて、「最初からそうだった」ように見えてくる。
でも本当にそうでしょうか。
もともと別の地域社会があり、自分たちなりの支配者や祭祀や暮らしがあった。そこへ別の政治勢力が入ってきたのなら、「反乱」という言葉だけでは景色が逆転してしまいます。
自分の家に知らない人が入ってきて、「ここから私が管理する」と言われ、抵抗したら「反逆者」と呼ばれる。
極端に単純化すれば、そんな構図になることもあります。
だから戦争の歴史では、勝敗だけでなく、その後につくられた物語も見る必要があります。
戦争に勝つ。
制度を置く。
その制度を正しいものとして説明する。
そして後世の人が、それを当然の歴史として受け入れる。
支配は、軍事だけでは完成しません。
人の頭の中で「それが当たり前だ」と思われた時に、初めて長く続きます。
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