「軍が来る」その知らせを聞いた夜
ある日、自分たちの村に「南から軍が来る」という知らせが届いたとします。
その日まで、普通に暮らしていました。春になれば田畑を耕し、川では魚を捕り、冬に備えて食料を蓄える。隣の集落とは時々争うこともあるけれど、婚姻もあり、物々交換もある。子どもは走り回り、老人は昔話をする。そんな毎日です。
ところが突然、遠くの国から大勢の兵がやって来る。
その時、人は何を考えるでしょう。
戦おうと思う人もいるでしょう。逃げたい人もいる。家族だけを先に山へ逃がす人もいるかもしれません。家畜を連れて行こうとする人、食料を隠す人、家を捨てる決断ができず最後まで残る人もいるでしょう。
歴史書には、その後の戦いが「征討」や「反乱」という数文字で書かれます。
でも、その数文字の前には、こういう夜があったはずです。
自分の土地に残るか。
逃げるか。
戦うか。
従うか。
誰も正解を知りません。
そして一番つらいのは、どれを選んでも大切なものを失うかもしれないことです。
歴史を「国家対国家」だけで見ると、この瞬間が抜け落ちます。
でも実際に戦場へ立たされたのは、王や将軍だけではありません。昨日まで畑を耕していた人です。命令されて攻めてきた側にも、同じように昨日まで普通に暮らしていた人がいたでしょう。
だから私は、戦勝国の人間全体を悪と見ることも、敗者側を無条件に美化することもしたくありません。
見たいのは、その上で命令を決めた人たちです。
誰が戦うことを決めたのか。
誰が兵を集めたのか。
誰の利益のためだったのか。
そして、その決定のために誰が死んだのか。
そこを分けて考えないと、本当の人間模様は見えてこないと思います。