飛騨は、山に閉じ込められていたのか
2014.07.25
飛騨というと、山深い土地を想像します。
山に囲まれている。
冬は雪が多い。
海もない。
一見すると、古代の大きな政治や交易から離れた地域に見えます。
でも山は、閉じ込めるだけではありません。
峠を知る人にとって、山は道になります。
飛騨から北へ行けば越。
南へ行けば美濃。
東へ行けば信濃。
川や峠をたどれば、それぞれ別の地域へ出られます。
つまり飛騨は孤立した山国というより、複数の地域を結ぶ内陸の交差点として見ることもできます。
そして飛騨は木材や木工技術でも知られるようになります。
山には山の資源があります。
木。
鉱物。
獣。
薬草。
それらは海辺にはないものです。
だから海辺の地域と山間の地域は、互いに必要になります。
海から塩が来る。
山から木材が出る。
鉄が動く。
人も動く。
そう考えると、古代の飛騨を「辺境」と見る必要はありません。
海上ネットワークとは別の、山岳交通ネットワークの中心だった可能性があります。
そして海の道と山の道は、どこかで必ず交わります。
日本列島の社会は、一本の道によってつながっていたのではなく、海、川、峠という複数の道が編み目のように重なっていた。
その中に飛騨も存在していたのでしょう。
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