日高見国を探す前に、「東国世界」を見る
2014.04.11
ここまで鹿島、香取、息栖、麻賀多、鳥見、宗像、印旛国造、古墳、水運まで追ってきました。
すると「これが日高見国だったのではないか」と言いたくなります。
でも、もう少しだけ急がないでおきます。
まず見えてきたのは、一つの王国ではありません。
水によってつながった複数の地域社会です。
鹿島には鹿島の有力者がいる。
香取には香取の社会がある。
印旛にも大きな古墳群を造れる勢力がいる。
それぞれに祭祀がある。
しかし孤立してはいない。
人が動き、物が動き、文化が動く。
この構造だけでも十分に面白いと思います。
そこへ後から大和を中心とする政治制度が広がってくる。
地域の有力者と関係を結ぶ。
国造という仕組みが生まれる。
さらに時代が進むと、国や郡という行政区分へ組み替えられていく。
すると、もともと存在した地域社会の姿が、後世の行政制度の下へ隠れてしまいます。
だから日高見国を考える時に、本当に探すべきなのは「日高見国の首都はここ」
という一点ではないのかもしれません。
大和の行政区分が完成する前、東日本にはどんな社会が存在していたのか。
誰が土地をまとめていたのか。
何によって地域同士が結ばれていたのか。
何を祀っていたのか。
そして大和との関係が強くなった時、その社会はどう変わったのか。
その全体を復元した先に、初めて「日高見」という名前を置いてみる。
私は今、その順番の方が面白いと思っています。
日高見国という答えを探しているようで、実際には「日本になる前の東日本」を
探しているのかもしれません。
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