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麻賀多神社の近くに「国造の墓」があるという記憶

2014.03.19

成田市船形の麻賀多神社周辺には、伊都許利命という人物の記憶が残っています。

伝承では、印旛国造とされる人物です。

ここにも「墓」とされる場所が残ります。

こういう場所を見る時、まずやってはいけないことがあります。

「墓がある。だから本人がここに埋葬された」

とすぐ決めることです。

古代の人物の墓について、後世の伝承によって場所が定められた例はたくさんあります。

それでも墓伝承を捨ててしまうのも違います。

なぜその場所なのか。

なぜその人物なのか。

なぜ何百年、何千年と名前が残ったのか。

そこを見る必要があります。

麻賀多神社群。

印旛国造の伝承。

古墳。

古代集落。

印旛沼。

そして水路。

これらが同じ地域に重なります。

一つずつなら弱い。

でも複数のものが同じ場所に集まると、その地域が古くから重要だったことは見えやすくなります。

国造とは、単なる役人の名前ではありません。

大和政権と各地域の有力者との関係を考える上で重要な存在です。

もし印旛地域に強い在地勢力があり、その祭祀の一部が麻賀多神社群として残ったのだとすれば、神社の分布は政治史ともつながってきます。

ただし、まだこれは仮説です。

ここからさらに、

古墳の年代。

規模。

集落の年代。

神社の位置。

古い水路。

墓伝承。

全部を一つずつ確認していく必要があります。

私はこの作業が一番面白いと思っています。

一つの答えを証明するために証拠を集めるのではなく、証拠を並べた結果、どんな景色が浮かぶのかを見る。

その景色の中に、本当に伊都許利命のような人物が立っていたのか。

そこまで行ければ、麻賀多神社は「珍しい名前の神社」で終わらなくなります。

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