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香取海から印旛へ。どこまでが「近所」だったのか

2014.04.21

現代の距離感は、道路で決まります。

車で何分。

電車で何駅。

だから鹿島、香取、印旛を別々の地域として考えます。

でも船を基準にすると、「近い」「遠い」が変わります。

陸路なら山や湿地が邪魔になる。

水路なら、そのまま進める。

逆に現在なら隣町でも、昔は川を渡れず遠かった場所もあります。

千年ほど前の印旛沼は、霞ヶ浦、北浦、手賀沼などを含む広い「香取の海」の一角でした。

その水面を基準に考えると、

鹿島。

香取。

息栖。

印旛。

これらは現在ほど離れた世界ではありません。

だからといって、全部が一つの国だったとは言えません。

むしろ、一つの大きな水の道を共有していた複数の地域社会と考えた方が自然でしょう。

港ごとに有力者がいる。

祭祀も違う。

集落の文化も少し違う。

でも船は行き来する。

そういう世界です。

現代の私たちは、行政区分を先に見ます。

古代人は、川の流れや湾の形を先に見たはずです。

「何県か」ではなく、

「あの水路を行けば、あの集落へ着く」。

そんな地理感覚です。

この違いを意識するだけで、東国の歴史はずいぶん変わって見えます。

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