神社は、偉そうにする場所ではなかった
2014.04.02
御朱印を書く。
お守りを授ける。
祈祷をする。
観光客が来る。
それ自体は悪いことではない。
神社を守るにはお金もいる。
でも私は、大きな神社へ行った時に、ときどき違和感を覚える。
人を見下すような態度。
流れ作業のような対応。
高い授与品。
そして、
「ここは特別な場所だ」
という空気だけが強くなる。
でも本来、神社は偉い人が上から人を見る場所ではなかった。
みんなが集まる。
自然に感謝する。
ご先祖さまを思う。
食べる。
笑う。
祭る。
その中心にいた人も、地域の一人だった。
神様に一番近い人だから偉いのではない。
場所を守る役目を任されている人。
私は、宮司さんとは本来そういう存在だったと思っています。
だから、鎮守の森を守り、境内を掃除し、地域の祭りを続けている人には頭が下がる。
でも、肩書きだけで偉くなった気になるなら、
神社の原点から一番遠くなってしまう。
神社は、人を見下ろす場所ではない。
人と自然とご先祖さまが、同じ場所でつながる場所だった。
私は、そのことを忘れない神社であってほしいと思っています。
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