誰かを待っていた石段
2014.04.01
古い神社へ続く石段があります。
苔が生えている。
少し欠けている。
雨の日には滑りそうになる。
でも、何百年も人が上り下りしてきた。
私は、こういう石段を見ると、つい想像してしまいます。
朝早く、誰かが上っていった。
夕方、誰かが降りてきた。
子どもを連れた母親かもしれない。
仕事帰りの人かもしれない。
遠くへ旅立つ前に、最後に手を合わせに来た人かもしれない。
その石段の途中で、誰かを待った人もいたかもしれません。
まだ来ない。
もう少し待とう。
鳥の声を聞きながら、何度も下を見た。
そんな時間が、そこにあったのかもしれない。
石段は何も話しません。
でも、角が丸くなっている。
真ん中だけ少しすり減っている。
そこをたくさんの人が踏んだことだけは分かる。
私は、そこに歴史を感じます。
有名な出来事じゃない。
戦いでもない。
王様の話でもない。
ただ、
誰かが誰かを待っていた。
それだけ。
でも人の暮らしって、たぶんそういう小さな時間の積み重ねなんやと思う。
神社へ行く理由も、願い事だけではなかった。
会いたい人がいた。
話したい人がいた。
一緒に帰りたい人がいた。
もしかすると、石段は祈りの道であると同時に、
人と人が出会う場所
でもあった。
何百年前の誰かも、同じ石に手をついた。
同じ場所で息を整えた。
同じように、誰かを待った。
そう思うと、古い石段が急に人間くさく見えてきます。
私は、そういう瞬間が好きです。
新着記事
人気記事
カテゴリー
アーカイブ