木曾の山々に育まれた絆。義仲と巴御前、運命をともにした人々【3】
義仲と巴は、恋人だったのだろうか
巴御前を紹介する文章では、木曾義仲の愛妾だったという説明を見かけることがある。
また、義仲の妻の一人として紹介される場合もある。
しかし、二人の関係は、実はそれほど明確ではない。
『平家物語』に描かれている巴は、義仲に仕え、ともに戦う人物である。
一方、異なる軍記物語や後世の伝承では、義仲との男女関係を強く意識した描写も登場する。
さらに、義仲の息子である源義高の母を巴とする説もあるが、母が誰だったのかについては、確かな結論が得られていない。
ここで私たちは、少し慎重になりたい。
男女が長い時間をともに過ごし、命の危険がある戦場まで行動をともにしていたからといって、その関係を恋愛だけで説明する必要はない。
もちろん、二人の間に愛情があった可能性を否定する理由もない。
しかし、愛情にもさまざまな形がある。
幼い頃から同じ家で育った相手に対する親しみ。
自分の命を預けられる仲間への信頼。
苦しい時期をともに乗り越えた相手への感謝。
主君として、あるいは家臣として互いに認め合う関係。
その中に男女の愛情が重なっていたとしても、不思議ではない。
大切なのは、一つの言葉に決めつけないことだと思う。
私たちがこれまで源義経とその仲間たちを考えてきたときにも、同じ問題があった。
人と人との結びつきは、必ずしも血縁や役職だけで決まるわけではない。
それまでの人生の中で、何を共有してきたか。
困ったときに、誰が何をしてくれたか。
その積み重ねによって生まれる信頼もある。
義仲と巴の関係も、もし伝承のように幼少期から続くものであったなら、そうした多面的なものだったのではないだろうか。
今井兼平という、もう一人の重要な人物
ここで、巴御前から少し視点を移してみたい。
今井兼平である。
義仲の乳兄弟と伝えられ、最後まで義仲と行動をともにした武将として知られている。
兼平については、『平家物語』の「木曾最期」に、忘れがたい場面が描かれている。
戦いに敗れ、軍勢が少なくなっていく中で、義仲は兼平と再会する。
義仲は、いつもは重いと感じなかった鎧が、今日は重く感じられると口にする。
すると兼平は、鎧が重くなったのではなく、味方の軍勢が少なくなり、心細くなっているからだと答える。
この場面には、単なる主君と家臣の会話とは異なるものが感じられる。
兼平は、義仲の弱音をただ慰めているわけではない。
むしろ、義仲の心の状態を見抜き、率直に言葉を返している。
もちろん、これも軍記物語の描写であり、実際に交わされた会話だったとは断定できない。
それでも、なぜ物語の作者や語り手は、このような言葉を兼平に語らせたのだろう。
義仲を最後まで支えた武将として、その強さだけを描くこともできたはずである。
しかし、そこに描かれた兼平は、義仲に対して遠慮なく意見を述べる人物だった。
主君だからといって、ただ言われたことに従うだけではない。
必要なときには、相手が聞きたくないような言葉も伝える。
それは、長い時間を共有してきた人間だからこそ可能になる関係だったのかもしれない。
そして、兼平と巴が兄妹だったという伝承が事実であれば、二人は同じように義仲の成長を見守り、ともに困難を経験してきた可能性がある。
最後の戦場まで残った人々の間には、どのような信頼関係があったのだろう。
義仲が討たれた後、兼平もまた命を落としたと伝えられる。
一方、巴は戦場を離れたと描かれている。
同じ共同体の中で育ち、ともに戦ってきたとされる人々が、最後には異なる結末を迎える。
ここにも、人間の運命について考えさせられるものがある。