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日本は何千年かけて作られたのか

2013.07.07

日本は何千年かけて作られたのか

国の歴史を語る時、

「ここから日本が始まった」

という一点を探したくなります。

初代の王。

最初の都。

最初の国家。

でも、人々の暮らしから見れば、本当にそんな瞬間があったのでしょうか。

縄文の時代には、すでに各地に人が暮らしていました。

山を使う。

海を使う。

川を使う。

木の実を集める。

魚を捕る。

道具を作る。

地域ごとに長い生活の経験が蓄積されていました。

そこへ水田稲作が入ってきます。

国立歴史民俗博物館は、水田稲作が九州北部から日本列島へ広がるまで、数百年という
長い時間がかかったと説明しています。

一つの技術だけでも、列島全体へ広がるには長い時間が必要だったということです。

その後も、

鉄。

青銅。

須恵器。

織物。

土木。

治水。

新しい建築。

さまざまな技術が入ってきます。

でも、新しいものが入るたびに、それまでの暮らしが全部消えたわけではありません。

土地によって受け入れ方も違います。

山が多い場所。

海に近い場所。

大きな川がある場所。

盆地。

島。

同じ技術でも、そのままでは使えません。

土地に合わせて変える必要があります。

さらに、人の移動も一度ではありません。

海を渡る人。

途中で残る人。

次の世代がさらに先へ進む。

土地の人と家族になる。

技術を教える。

逆に土地の知識を教えてもらう。

それが何世代も続きます。

3世紀、4世紀、5世紀になっても、地域ごとの違いは残っています。

その一方で、大きな古墳が各地に造られ、似た土器や道具が広い地域で見られるようになり、
人と物のつながりも強くなっていきます。

そして7世紀になると、飛鳥池工房のような国家的な大規模工房が成立し、多くの専門技術や
管理機構が一つの仕組みの中で動いている姿まで確認できます。

この変化を一つの線で見ると、

「ある日、日本という国が完成した」

とは考えにくくなります。

地域ごとに人が暮らす。

技術が入る。

人が移動する。

地域同士がつながる。

物を交換する。

争うこともある。

一緒になることもある。

さらに次の世代が、新しい方法を加える。

それを何千年も繰り返していく。

その途中のどこか一日を選んで、

「今日から日本が始まりました」

とは言えないのではないでしょうか。

私は、日本という社会は一人の王が作った作品ではなく、

縄文から続いてきた土地ごとの暮らしに、外から来た人や技術が何度も加わり、
そのたびに混ざり、変わり、つながっていった結果だと考えています。

だから日本の原点を探すなら、一人の英雄を探すより、

水路を掘った人。

田を作った人。

鉄を扱った人。

山を越えた人。

船を動かした人。

ものを作った人。

家族を育てた人。

災害の後にもう一度村を作った人。

そういう名も残らない人たちを見た方が、本当の姿に近づくのではないでしょうか。

日本は誰か一人が作った国ではない。

何百年、あるいはそれ以上の時間をかけて、何世代もの人々が少しずつ作り続けて
きた社会だったのではないでしょうか。

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