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古代社会はもっと分業型だった

2013.07.06

古代社会はもっと分業型だった

古代の村を見ると、

みんなが田んぼを耕し、同じような生活をしていた。

そんな素朴なイメージを持つことがあります。

でも遺跡を見ると、実際にはもっと複雑だったことが分かります。

飛鳥池工房遺跡では、金属、ガラス、玉、漆、瓦、陶器など、まったく性質の違う製品が
同じ大規模工房の中で作られていました。

文化庁は、ここを飛鳥時代の国家形成を支えた「巨大な総合工房」と位置づけています。

鉄滓だけでも2トン以上が出土しており、大規模な鍛冶作業が行われていたことも紹介されています。

これだけの仕事を、一人の万能職人が全部やったとは考えにくいでしょう。

鉄を扱う人。

銅を扱う人。

ガラスを扱う人。

玉を磨く人。

漆を扱う人。

瓦を焼く人。

それぞれに違う経験が必要です。

さらに、製造以外にも仕事があります。

材料を調達する。

薪を用意する。

食料を作る。

完成品を運ぶ。

数量を管理する。

誰に何を渡すか記録する。

飛鳥池工房から大量の木簡が見つかっていることも、ものづくりだけでなく、管理する仕事が
存在していたことを示す材料になります。

こうした高度な分業は7世紀の大規模工房の例ですが、その仕組みがある日突然生まれたとは
考えにくいと思います。

もっと前から、

この人は土器が得意。

この人は鉄が得意。

この人は山をよく知っている。

この人は水を扱える。

この人は遠くの地域との交渉が得意。

そうした役割分担が少しずつ積み上がっていたのではないでしょうか。

人には得意不得意があります。

全部を一人で覚えるより、それぞれ得意な人が担当した方が早い。

難しい技術ほど、その仕事に長く関わる人が必要になります。

すると技術は専門化します。

専門化すれば、別の技術を持つ人との協力が必要になります。

鉄の道具を作る人だけでは農業はできません。

農業をする人だけでは鉄の道具を作れません。

窯で土器を作る人も、薪を集める人がいなければ仕事ができません。

それぞれ違う仕事をしながら、お互いに支え合う。

これが社会です。

私は、古代の共同体を「みんな同じことをして暮らしていた小さな村」と見るより、

すでにさまざまな得意分野を持つ人たちが仕事を分け、その仕事同士をつないで暮らしていた
社会として見る方が自然だと思います。

そして技術が増えれば増えるほど、役割も増えます。

役割が増えれば、それらを調整する人も必要になります。

そこから首長や管理者のような役割が生まれた可能性もあります。

先に支配者がいて分業を作ったのではなく、

人々の仕事が専門化し、社会が複雑になった結果、それをまとめる役割が必要になった。

古代社会は、私たちが想像するよりずっと早い段階から、分業によって成り立つ社会だったのでは
ないでしょうか。

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