日本は、支配ではなく「和」でつくられた
2013.09.19
古代日本は、一人の王が突然つくった国ではなかった。
私はそう考えています。
各地には、それぞれの共同体がありました。
海で生きる人たち。
山で生きる人たち。
農耕をする人たち。
ものを作る人たち。
祭祀を担う人たち。
暮らし方も違えば、得意なことも違う。
それでも、必要な時にはつながった。
水を分ける。
物を交換する。
技術を教え合う。
災害が起きれば助け合う。
争いが起きれば話し合う。
外から来た人が優れた技術を持っていれば、その力も取り入れる。
違う人を排除して一つになるのではなく、
違う人たちが、違うまま一緒に生きる。
それが古代日本の国づくりだったのだと思います。
だから日本には「和」という言葉が残った。
和とは、全員が同じになることではありません。
考え方も、役割も、得意なことも違う。
その違いを認めた上で、一緒にやっていくことです。
古代日本が連合国家だったとすれば、この「和」は単なる精神論ではありません。
国を成り立たせるために必要な、現実的な知恵だった。
力だけで支配すれば、いつか反発が起きる。
でも互いの役割を認め、利益を分け、困った時には助け合えば、長くつながることができる。
私は、日本が長い時間をかけて一つになれた理由の一つが、ここにあったと思っています。
支配するのではなく、つながる。
同じにするのではなく、違いを生かす。
それが日本の原点だった。
そして私は、これは今の日本人も誇るべき文化だと思います。
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