鍬山神社で鹿と目が合った日|驚いたのは、私だけじゃなかった。
木と木の間に、何かいる?
今から10年ほど前のことです。
京都府亀岡市にある鍬山神社を参拝していたとき、忘れられない出来事がありました。
鍬山神社には、ときどき参拝に訪れていました。
その日も、いつものように境内を歩いていました。
すると、ふと木と木の間が気になったのです。
何かが見えたわけではありません。
音がしたわけでもありません。
ただ、何となく違和感がありました。
ん???
何だろう。
気になった私は、木々の間へ近づいていきました。
そして、そこをのぞき込んだ、その瞬間です。
にゅっ!
目の前すれすれに、とんでもなく大きな鹿の横顔が現れたのです。

うわっ!
本当に目の前でした。
少し離れたところに鹿がいた、という話ではありません。
大きな鹿の顔が、いきなり目の前にあったのです。
大人の鹿でした。
顔がとても大きく、鼻先から目元まで長い、立派な横顔でした。
顔は横を向いたまま。
ところが、その大きな目が、こちらを見たのです。
まるで、
「えっ!?」
と言っているような、びっくりした目でした。
もちろん、私も驚きました。
「うわっ!」
思わず、後ろへ飛びのいてしまいました。
ところが、驚いたのは私だけではありませんでした。

鹿も「うわっ!」
私が飛びのいたのと、ほとんど同時です。
鹿も、まったく同じように後ろへ飛びのいたのです。
その反応が、本当にそっくりでした。
私が「うわっ!」なら、鹿も「うわっ!」。
どちらかが先に気づいて逃げたというより、お互いが同じ瞬間に相手の存在に気づき、同じように驚いた感じです。
一瞬、目と目が合いました。
鹿の大きな目が、驚いていたことを今でもはっきり覚えています。
そして、その直後。
あんなに大きな身体なのに、鹿はくるりと向きを変えました。
その動きが、また速い。
さっきまで目の前にあった大きな顔が、一瞬で森の中へ消えていったのです。
あっという間でした。
私は、その場でびっくりしたまま。
鹿もきっと、相当びっくりしたことでしょう。
お互い、何してんねん!
少し落ち着いてから、何だかおかしくなってきました。
そもそも、木と木の間が気になって、わざわざのぞき込んだ私も私です。
でも、あんなに大きな鹿が、私の顔が目の前に来るまで気づかなかったのも、なかなかのものです。
もしかすると、鹿も何か違和感を感じて、こちらをのぞき込んだところだったのでしょうか。
もし、そうだったとしたら。
人間と鹿が、お互いに気になって顔を近づけた結果、至近距離でご対面。
そして二人そろって、
「うわっ!」
何をやっているのでしょう(笑)。
思い出しても笑ってしまいます。
でも、あの瞬間に感じたことがありました。
人間も鹿も、びっくりしたときの反応は同じなんだ。
相手を見て、目を見開き、思わず後ろへ飛びのく。
言葉はなくても、そのとき鹿が驚いたことは、私にはよく伝わってきました。
鍬山神社という古い森
この出来事があった鍬山神社は、京都府亀岡市に鎮座する古い神社です。
創祀は和銅2年(709年)と伝えられています。
御祭神は大己貴命(大国主命)と誉田別命(応神天皇)。
古くから丹波の土地を守る神社として信仰されてきました。
鍬山神社には、かつて亀岡盆地が大きな湖だったという伝承があります。
大己貴命が神々と力を合わせ、鍬で山峡を切り開いて水を流し、豊かな土地をつくったと伝えられているのです。
神社の名前にある「鍬」も、この伝承に結びついています。
人々が自然と向き合い、土地を開き、生活を営んできた歴史が、この神社の由緒には残されています。
境内には木々が生い茂り、今も豊かな自然が感じられます。
そんな森の中で、私は一頭の鹿と出会いました。
普段なら、人間が近づけば鹿のほうが先に気づき、警戒するのかもしれません。
けれど、あの日は違いました。
お互い、完全に不意を突かれてしまったのです。
あの鹿も、覚えているだろうか
あれから、もう10年ほど経ちます。
それでも、あの瞬間のことは鮮明に覚えています。
大きな鹿の横顔。
こちらへ動いた大きな目。
驚いた表情。
そして、二人そろって後ろへ飛びのいたこと。
くるりと向きを変え、一瞬で姿を消した鹿の動きまで、今でもはっきり覚えています。
あの鹿も、私と同じように違和感を感じていたのでしょうか。
気になってのぞき込んだら、人間の顔が目の前にあった。
「何やねん、びっくりしたわ!」
鹿もそんな気分だったのかもしれません。
もし、あの鹿が仲間に話せるとしたら、どんなふうに説明するのでしょう。
「森で変な人間に出会ってな。お互い、めちゃくちゃびっくりしてん!」
なんて話していたら面白いですね。
神社を参拝していると、ときどき思いがけない出来事に出会います。
不思議なものもあれば、温かいものもある。
そして今回のように、思い出すたびに笑ってしまう出来事もあります。
あの鹿が、その後どうしているのかは分かりません。
でも、もしもう一度出会えたら、きっと私はすぐに気づくと思います。
あの大きな横顔と、びっくりした目は忘れられません。
鍬山神社で出会った、大きな鹿。
あのときは、お互い本当にびっくりしたなぁ。
今でも思い出すと、自然と笑ってしまいます。