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手間を惜しまない。その理由は、きれいに作りたかったからだけではない

2014.01.03

昔の日本の道具や建物を見ると、時々そこまでやるのかと思うことがあります。

見えないところまで仕上げる。

表からは分からない場所にも手を入れる。

使う人しか気づかない部分まで整える。

効率だけ考えれば、もっと簡単にできたはずです。

それでも手間をかけた。

私は、その理由は「几帳面だったから」だけではないと思っています。

昔のものづくりは、作ったら終わりではありませんでした。

長く使う。

直しながら使う。

時には子どもや弟子へ渡す。

建物なら、次の世代まで残ることもある。

だから目の前の完成だけを考えていなかった。

この先、誰かが使う。

その意識があった。

柱一本でも、道具一つでも、自分がいなくなった後まで残るかもしれない。

そう思えば、少し手間をかける意味が変わります。

今だけ早く終わればいい、ではない。

後で困らないようにする。

壊れにくくする。

直しやすくする。

使う人が気持ちよく使えるようにする。

私は、日本人が手間を惜しまなかった理由の一つは、ここにあると思っています。

そしてもう一つ。

昔の仕事は、一人だけで完結していませんでした。

材料を用意する人。

削る人。

組む人。

仕上げる人。

使う人。

直す人。

いろいろな人の手がつながっている。

自分の仕事が雑なら、次の人が困る。

だから、

次の人のことを考えて、自分の仕事をきちんと終わらせる。

それが普通だった。

私は、この感覚が日本の職人文化を作ったのだと思っています。

手間をかけることは、無駄ではない。

見栄でもない。

誰かの仕事を楽にするため。

長く使うため。

次へ渡すため。

つまり、

手間とは、未来の人への気遣いだった。

そう考えると、日本人が昔から大切にしてきた丁寧さが、少し違って見えてきます。

手間を惜しまなかったのではない。

惜しむ理由がなかった。

その手間が、次の誰かを助けることを知っていたからです。

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