巴御前は本当に実在したのか。八百年の時を超えて語り継がれた女武者の謎【6】
人々は、なぜ巴御前を描き続けたのだろう
巴御前の物語は、鎌倉時代で終わらなかった。
その後も、室町時代、江戸時代へと受け継がれていく。
能の演目にもなり、歌舞伎や浄瑠璃、浮世絵の題材にもなった。
江戸時代の絵師たちは、巴御前を勇ましい女性として描いた。
馬に乗り、薙刀を構える姿。
敵に立ち向かう姿。
そして、義仲との別れを思わせる姿。
さまざまな巴御前が描かれている。
しかし、これらの絵を見て、巴御前が実際にこのような顔立ちや装束だったと考えることはできない。
絵師たちは、巴御前と同じ時代を生きていたわけではないからである。
彼らが描いたのは、伝えられた物語や、その時代の人々が思い描いていた巴御前の姿だった。
では、なぜ人々は何百年もの間、巴御前を描き続けたのだろう。
一つには、勇敢な女性という人物像に魅力があったのだろう。
しかし、それだけでは説明しきれないように思う。
巴御前の物語には、強さと悲しみが同時に存在している。
敵を倒す能力を持ちながら、大切な人を守りきることはできなかった。
最後までともに戦おうとしながら、生き延びることになった。
そして、その後の人生は謎に包まれている。
人間の人生は、必ずしも自分の望んだ通りにはならない。
どれほど努力しても、失うものがある。
どれほど強くても、避けられない別れがある。
そうした人間の現実が、巴御前の物語には重なっている。
だからこそ、時代が変わっても、人々は彼女に関心を持ち続けたのかもしれない。
名前が残ることと、人生が残ること
ここで、少し考えてみたい。
八百年以上前の日本には、どれほど多くの人間が生きていたのだろう。
武士だけではない。
田畑を耕す人。
山で木を伐る人。
川で魚を捕る人。
道具をつくる人。
子どもを育てる人。
病気の家族を看病する人。
戦場へ向かう人を見送る人。
そして、帰ってこなかった人を待ち続ける人。
その一人ひとりに名前があり、人生があった。
しかし、私たちが現在知ることのできる名前は、そのごく一部である。
歴史に記録された人々の背後には、名前を知られることなく生涯を終えた、はるかに多くの人々がいた。
彼らは、何も考えずに生きていたわけではない。
何も成し遂げなかったわけでもない。
それぞれの環境の中で、何をすれば暮らしていけるのかを考え、必要なことを学び、日々の問題に向き合っていたはずである。
失敗することもあっただろう。
人との関係に悩むこともあっただろう。
自然災害や病気、戦乱によって、それまでの生活を失うこともあったはずである。
それでも、人々は生きてきた。
そして、次の世代へ命をつないできた。
私たちが現在、この時代に生きていることも、そうした無数の人々の人生と無関係ではない。
これまで歴史探訪を続けてきて、大切にしたいと感じているのは、まさにこの部分である。
歴史上の有名な人物だけが、歴史をつくってきたわけではない。
その人々を支え、ともに生活し、ときには対立しながら生きていた人々の存在があった。
木曾義仲にも、中原兼遠や今井兼平、樋口兼光たちがいた。
そして、巴御前もその一人だったのかもしれない。
たとえ巴という名前を持つ女性が実在したと確認できなくても、彼女の物語の背後には、実際に生きていた数多くの女性たちの姿が重なっている可能性がある。
そう考えると、巴御前の実在を調べることは、単に一人の女性が本当にいたかどうかを確かめるだけの問題ではなくなってくる。
記録に残らなかった人々の人生を、私たちはどのように考えることができるのか。
その問いにもつながっていくのである。
もし巴御前が実在したなら
ここからは、一つの可能性として考えてみたい。
もし巴御前が本当に実在し、木曾義仲とともに育った女性だったとしたら。
彼女の人生は、最初から英雄になることを目指して始まったわけではなかっただろう。
木曾の山々に囲まれた土地で生まれ、周囲の人々からさまざまなことを学ぶ。
馬の扱い方を覚え、弓を引く技術を身につけたのかもしれない。
義仲や仲間たちとともに成長する中で、それぞれの得意なことや性格を知っていったのかもしれない。
やがて時代が動き始める。
平氏に対する反乱が起こり、義仲が挙兵する。
それまでの日常生活では必要とされなかった能力が、戦いの中で求められるようになる。
巴もまた、自分にできることを考え、その力を発揮したのかもしれない。
しかし、戦いに勝ち続けることはできなかった。
義仲は京都へ入り、政治的な対立の中で敗れていく。
それまでともに歩んできた人々が、次々と命を落とす。
そして、巴だけが生き延びた。
もしそのような人生だったとすれば、彼女が本当に向き合わなければならなかった問題は、武芸の強さだけではなかったはずである。
それまでの環境を失った後、どのように生きていくのか。
誰を頼り、何を学び、どのように新しい生活を築くのか。
これまでの自分の役割が失われたとき、次に何ができるのか。
そこには、私たちが現代の生活でも向き合う問題と、共通するものがあるように思う。
しかし、ここで考えた人生が、実際の巴御前のものだったと断定することはできない。
これは、限られた記録と伝承をもとに考えられる、一つの可能性である。
それでも、人間が生きるということの意味を考えるうえで、無駄な想像ではないと思う。