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古代日本は、一つの王国ではなく連合国家だった

2013.09.16

古代日本というと、一人の大王がいて、その命令が全国へ届いていた。

そんな国を想像しがちです。

でも私は、古代日本は最初からそのような国ではなかったと思っています。

各地には、それぞれの共同体があった。

海の民がいる。

山の民がいる。

農耕を得意とする地域がある。

船や交易を得意とする地域がある。

鉄や土器、木工、治水などの技術を持つ集団もいる。

そして、それぞれの土地に長や祭祀を担う人がいた。

普段の暮らしまで、遠くにいる一人の王から指示される必要はありません。

それぞれの土地のことは、その土地の人たちが決めればいい。

しかし、一つの地域だけでは解決できないこともあります。

交易。

水。

災害。

争い。

外国との交渉。

大きな祭祀。

そんな時には、地域を越えてつながる。

私は、そのつながりが次第に大きくなっていったものが、古代日本だったと考えています。

つまり、

一つの国が地方を支配したのではなく、いくつもの国や共同体が結びついて大きな国になった。

そう考えると、邪馬台国の見え方も変わります。

九州か。

畿内か。

四国か。

一つだけを選ばなくてもいい。

複数の地域が同じ連合の中にあり、その中にいくつもの中心が存在していたのかもしれない。

だから似た祭祀が各地に残る。

似た道具が見つかる。

人も技術も移動する。

そして、その連合を精神的につないだのが「ひみこ」のような祭祀の中心だった。

一方で、物を作り、水を引き、土地を整える技術者集団も地域を越えて活動する。

政治だけで国がつながったのではない。

祭祀、技術、交易、婚姻、人の移動。

いくつもの線が重なって、一つの大きな社会になっていった。

古代日本は、一人の王によって突然作られた国ではない。

たくさんの地域が、長い時間をかけてつながってできた連合国家だった。

私は、その姿の方が日本の始まりとして自然だと思っています。

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