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楠木正行 父・正成の遺志を継いだ若き武将。四條畷の戦いで何を守ろうとしたのか【3】

2015.04.12

敵だった人間が、仲間になる

渡辺橋の伝承には、さらに続きがあります。

正行に助けられた兵士たちの中には、その恩を忘れず、後に正行の軍勢へ加わった者がいたというのです。

そして、四條畷の戦いでは、正行とともに命を落とした人々もいたと伝えられています。

この話を、史実としてすべて確認することはできません。

しかし、私はこの部分に特に興味を持ちます。

人間は、生まれたときから敵味方に分かれているわけではありません。

同じ土地に生まれても、異なる主君に仕えることがあります。

家族や領地を守るために、別の立場で戦うこともあります。

しかし、その立場が一生変わらないとは限りません。

敵として戦っていた人間が、命を救われたことで相手を信頼するようになる。

そして、自分の意思で、その人物と行動をともにする。

もし、この伝承に実際の出来事が反映されているなら、そこには政治的な立場を超えた、人と人との結びつきがあったことになります。

正行は、敵を倒す能力だけでなく、人の心を動かす力も持っていたのでしょうか。

もちろん、人を助けたからといって、必ず相手が味方になるわけではありません。

見返りを求めて行ったことでもなかったかもしれません。

それでも、命を救われた人間が、その出来事を忘れず、自分の進む道を変えたという物語には、考えさせられるものがあります。

私たちが大切にしてきた「運命共同体」という視点も、ここにつながると思います。

運命共同体とは、最初から同じ立場にいる人々だけでつくられるものではないでしょう。

異なる考えや経験を持った人々が、互いを知り、信頼を築くことで、新しい結びつきが生まれることもある。

そのような可能性を、正行の伝承は伝えているのではないでしょうか。

正行を迎え撃つ高師直

正行が各地で勝利を重ねると、足利方もその動きを無視できなくなりました。

そこで派遣されたのが、高師直と高師泰らの軍勢です。

高師直は、足利尊氏を支えた有力な武将であり、幕府の政治や軍事にも大きな影響力を持っていました。

後世の物語では、師直はしばしば悪役として描かれます。

しかし、ここでも一方の人物像だけで判断することは避けたいと思います。

師直にも、多くの家臣や兵士がいました。

彼らもそれぞれの事情を抱えて戦っていたはずです。

足利方にとって、正行の軍勢が勢力を広げることは、大きな脅威だったでしょう。

幕府の支配を維持するためには、河内で活動する楠木一族を抑える必要がありました。

一方、正行にとっても、幕府軍の進出は河内の拠点や南朝の存続に関わる問題でした。

双方にとって、譲ることの難しい戦いが近づいていたのです。

ここで正行は、どのような判断をしたのでしょうか。

正面から決戦する以外に、方法はなかったのでしょうか。

父・正成のように、山城を利用し、時間をかけて戦うことはできなかったのでしょうか。

その答えを考えるには、当時の南朝側の置かれた状況や、河内の政治的な条件も見なければなりません。

正行は父の戦い方を知っていたでしょう。

しかし、父と同じ方法を選べば、同じ結果が得られるとは限りません。

相手も時代も、周囲の状況も変わっていたからです。

吉野の如意輪寺に残された歌

四條畷の戦いを前に、正行は吉野を訪れたと伝えられています。

吉野は、後醍醐天皇が京都を離れた後、南朝の拠点となった土地です。

このとき後醍醐天皇はすでに亡くなり、後村上天皇が南朝を率いていました。

正行は、後村上天皇に拝謁し、亡き後醍醐天皇の陵を訪れたとされています。

そして、吉野山の如意輪寺に立ち寄りました。

寺には、正行が出陣を前に、矢じりで扉に刻んだと伝わる歌が残されています。

「かへらじと かねて思へば梓弓 なき数に入る 名をぞとどむる」

帰ってこられないかもしれない。

それでも、自分の名をここに残していく。

そのような思いを込めた歌として語り継がれています。

如意輪寺には、正行らが髪を切って納めたという伝承も残され、現在も髻塚が伝えられています。

これらの話は『太平記』にも描かれています。

ただし、正行が実際にどのような言葉を残し、どの程度死を覚悟していたのかを断定することはできません。

ここで私は、父・正成の湊川への出陣を思い出します。

正成もまた、敗れる可能性を理解しながら戦場へ向かったと伝えられています。

しかし、死を覚悟することと、死ぬために戦うことは同じではありません。

正行もまた、危険を理解した上で、最後まで勝つ方法を考えていたのではないでしょうか。

たとえ厳しい戦いであっても、出陣する以上、仲間とともに生きて帰る道を探していた可能性があります。

正行が本当に何を考えていたのか。

その心の中までは、誰にも分かりません。

だからこそ、後世の物語が描く美しい最期だけで、正行の人生を決めつけたくはないと思います。

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