東大阪の研究開発現場から生産現場までの「ものづくり」なら【株式会社アリス】試作サンプル、切削加工、精密部品加工、可視化部品製作、透明化処理、現物からの製作、単品OK

  • トップ
  • ニュース
  • 卑弥呼は、女王ではなく連合をまとめる祭祀のトップだったのか

卑弥呼は、女王ではなく連合をまとめる祭祀のトップだったのか

2013.09.06

卑弥呼というと、邪馬台国を支配した女王として語られます。

でも私は、そこに少し違和感があります。

もし邪馬台国が一つの国ではなく、いくつもの地域がつながった連合体だったのなら、その中心に必要なのは「全部を命令する王」ではありません。

むしろ、みんなが集まれる存在です。

私は、それが「ひみこ」だったのではないかと思っています。

「ひみこ」は個人名ではなく、太陽を祀る巫女たちのトップ。

地域ごとに違う祭りや暮らしがあっても、太陽はみんなに共通しています。

日が昇る。

作物が育つ。

季節が巡る。

だから太陽を祀る祭祀のトップは、地域を越えて人をつなぐことができた。

政治家というより、連合の精神的な中心です。

普段はそれぞれの地域が自分たちで暮らす。

でも大きな祭り、災害、争い、外国との交渉のような時には、「ひみこ」のもとへ集まる。

中国側から見れば、それは女王に見えたでしょう。

でも日本側では、

「この人が私たちを支配している」

ではなく、

「この人が、みんなをつないでいる」

という感覚だったのかもしれません。

そして「ひみこ」という役割は、一人だけではなかった。

宇佐、四国、淡路、近畿。

人が移動し、枝分かれするたびに、太陽を祀る風習も一緒に広がった。

土地が変われば、祭り方も変わる。

山の信仰と混ざる。

海の信仰と混ざる。

祖先信仰とも混ざる。

それでも根っこには、太陽と「日の巫女」が残った。

私は、卑弥呼を一人の超人的な女王として見るより、

大きな連合をつないだ、祭祀のトップの一人

として見る方が自然だと思っています。

支配する人ではなく、つなぐ人。

もしかすると、それが卑弥呼の本当の役割だったのかもしれません。

                 一覧へ戻る
アリスの仕事に対する想いを見る オリジナルサンプル制作