出雲は、なぜ「国を譲る側」として物語に残ったのか
2014.07.23
出雲神話には、とても不思議な構図があります。
国を造った側がいて、その国を別の勢力へ譲る。
いわゆる国譲りです。
もし最初から一つの国家しかなかったなら、「譲る」という話そのものが必要でしょうか。
国を譲るという物語には、その前に別の支配や秩序があったことを思わせる部分があります。
もちろん神話です。
そのまま政治史として読めるわけではありません。
でも神話が何を説明しようとしているのかを見ることはできます。
「なぜ現在の支配者がこの土地を治めているのか」。
それを説明する必要があった。
そのために、以前の支配者から正式に譲られたという物語が作られた可能性も考えられます。
これは非常に人間的です。
力で取っただけでは、長く支配するには弱い。
正当な理由が必要になります。
以前の神も否定しない。
むしろ立派な存在として残す。
そのうえで、「その神自身が譲った」とすれば、新しい秩序を受け入れやすくなる。
もしこの見方が少しでも当たっているなら、神話は空想ではなく、政治的な記憶を神々の物語へ置き換えたものとして読むことができます。
そして出雲の神が消されなかった理由も見えてきます。
消すより、取り込んだ方がよかった。
その方が土地の人々も納得しやすい。
支配は軍事だけでは完成しない。
物語による納得も必要だったのかもしれません。
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