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鎧を脱いだ巴御前。その後の人生と、91歳まで生きたという伝説【5】

2015.02.23

鎧を脱ぐということ

最後に、もう一度、粟津の戦場へ戻ってみたい。

『平家物語』では、巴御前は最後の敵を討ち取った後、武具を脱ぎ捨てて東国へ向かったとされる。

その場面を、単に戦場から逃れるための行動として読むこともできる。

実際、武具を脱ぐことには、移動しやすくなるという現実的な意味もあっただろう。

しかし、後世の伝承まで読み進めた私たちには、少し違う意味も感じられる。

鎧を着ていた巴は、義仲のために戦う女武者だった。

鎧を脱いだ巴は、その後、誰のために生きたのだろう。

和田義盛と新しい生活を始めたという物語。

亡くなった人々を弔ったという物語。

遠い土地で、年齢を重ねながら暮らしたという物語。

それらがどこまで事実だったのかは分からない。

それでも、戦うことしかできなかった女性としてではなく、環境に応じて生き方を変えていった女性として巴を考えることには、意味があるように思う。

人間は、若い頃に身につけた能力だけで、一生を生きるわけではない。

その能力が必要とされなくなることもある。

それまでの役割を失うこともある。

自分が大切にしてきた人々や場所が、突然なくなってしまうこともある。

そのようなとき、過去と同じ生き方に固執するのではなく、新しい環境の中で自分にできることを探していく。

それもまた、人間が持つ力の一つではないだろうか。

ただし、巴御前が本当にそのような選択をしたのかは、記録からは分からない。

私たちがここで考えているのは、彼女に残された伝承から見えてくる、人間の生き方の可能性である。

そして、もう一つ考えたいことがある。

義仲が最後に巴を逃がそうとした理由が、もし単に命を救うためだけではなく、故郷へ自分の最期を伝えてもらうためでもあったなら。

巴が生き延びたことによって、義仲や仲間たちの記憶が、次の世代へ受け継がれたのかもしれない。

戦場での勝敗は、一日で決まることがある。

しかし、人が生きてきた意味は、その一日の結果だけでは決まらない。

義仲は戦いに敗れた。

巴御前も、彼女の属していた共同体を失った。

それでも、彼らの名前は八百年以上の時を超えて残されている。

そして今も、私たちは彼らの人生をたどり、何を考え、どのように生きたのかを探している。

そう考えると、粟津の戦場で巴御前が鎧を脱いだという場面は、物語の終わりではなく、もう一つの人生の始まりだったのかもしれない。

戦う強さと、生き続ける強さ。

巴御前という女性の物語には、その両方が残されている。

しかし、まだ一つ、大きな謎が残っている。

そもそも、巴御前は本当に実在したのだろうか。

なぜ同じ時代の記録には、その名前が見つからないのだろう。

そして、実在さえ確かめられていない女性が、なぜ八百年以上にわたって人々の心に残り続けてきたのだろう。

次回は、『平家物語』が成立した背景と、巴御前の名前が歴史に現れる過程をたどってみたい。

私たちが知っている巴御前は、実際に生きた女性なのか。それとも、人々が語り継ぐ中で生まれた英雄なのか。

その答えを、最初から決めるつもりはない。

残された記録を一つずつ確かめながら、もう少し深く探っていこう。

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