鉄を作る人は、戦場には映らない
2014.04.25
歴史の戦いでは、武将の名前が残ります。
でも剣を作った人の名前は、ほとんど残りません。
矢じりを作った人。
馬具を作った人。
壊れた道具を直した人。
炭を焼いた人。
鉄を運んだ人。
そういう人たちがいなければ、戦争はできません。
鉄は農具にも使われます。
木を切る。
畑を耕す。
建物を造る。
生活を豊かにする道具と、人を傷つける武器が同じ素材から作られます。
だから鉄の流通を見ると、その地域の技術力と交易網の両方が見えてきます。
東日本に独立性の高い地域社会があったと考えるなら、「政治的に独立していたのか」だけでは足りません。
食料を確保できるか。
道具を作れるか。
馬を維持できるか。
人を集められるか。
交易できるか。
そこまで揃って初めて、大きな勢力になります。
日高見国という言葉の実態が何だったのかは、まだ決められません。
でも東日本に「自分たちだけでは暮らせない未開の人々」がいた、という単純な景色ではなかったことは、こうした生活の仕組みを考えるほど見えにくくなってきます。
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