東大阪の研究開発現場から生産現場までの「ものづくり」なら【株式会社アリス】試作サンプル、切削加工、精密部品加工、可視化部品製作、透明化処理、現物からの製作、単品OK

東国の世界は、どこで終わっていたのか

2014.04.22

鹿島や香取、印旛のことを調べていると、どうしても現在の県境が邪魔になります。

茨城県。
千葉県。
福島県。
宮城県。
岩手県。

今なら、それぞれ別の地域として考えます。しかし古代の人が移動するとき、県境などありません。

あるのは海岸線、川、山、湿地、そして人が通れる道です。

鹿島から北へ視線を移せば、常陸の海岸が続きます。その先には現在の福島県浜通りがあり、さらに仙台湾へつながっていきます。船を使えば、人も物も沿岸を移動できます。

内陸にも道があります。

川をたどる。

峠を越える。

馬を使う。

季節によって移動方法を変える。

そう考えると、「常陸までが一つの世界、福島から別世界」という現在の感覚そのものが不自然になってきます。

もちろん地域ごとに文化の違いはあったでしょう。

言葉も違ったかもしれません。

祀るものも違う。

有力者も違う。

でも、違うから交流しないわけではありません。

隣の地域と物を交換する。

婚姻する。

争う。

仲直りする。

また交易する。

人間社会はその繰り返しです。

日高見国を考えるとき、私は「どこからどこまで日高見国だったのか」という線を最初に引かない方がいいと思っています。

むしろ、

人はどこまで行き来できたのか。

何を運んでいたのか。

どの地域同士に共通するものが残っているのか。

その流れを追った先に、東日本の大きな世界が見えてくるのではないでしょうか。

                 一覧へ戻る
アリスの仕事に対する想いを見る オリジナルサンプル制作