船で運ばれていたのは、荷物だけではない
2014.04.20
水運という言葉を使うと、どうしても物流の話になります。
米を運ぶ。
魚を運ぶ。
塩を運ぶ。
木材を運ぶ。
でも船に乗るのは荷物だけではありません。
人が乗ります。
人が動けば、言葉も動きます。
技術も動きます。
神様の話も動きます。
結婚相手も動きます。
争いの情報も動きます。
別の土地で見た新しい道具を持ち帰る人もいるでしょう。
ここで、印旛周辺に麻賀多神社、鳥見神社、宗像神社という違う祭祀が存在する
意味を考えてみます。
別々の人々が、まったく交流せずに暮らしていたのなら、それぞれの祭祀は
閉じたままです。
でも同じ水域を使っていれば、互いの文化は必ず接触します。
「あの集落では、こんな神を祀っている」
「向こうでは、こんな祭りをする」
そんな話も船と一緒に動きます。
だから古代の文化圏は、現在の県境のようにはっきり分かれていなかったでしょう。
中心部では特徴が強い。
境界では混ざる。
遠くへ行くほど別の文化へ変わっていく。
そんなグラデーションだったのではないでしょうか。
そう考えると、饒速日を祀る鳥見神社が東国に存在することも、
「大和から誰かが一度来た」という単純な話だけではなくなります。
信仰そのものが、長い時間をかけて人とともに移動した可能性があります。
古代の船は、物資輸送船であると同時に、文化を運ぶ乗り物でもあった。
水路を見るということは、人間の交流そのものを見ることなのだと思います。
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