麻賀多・鳥見・宗像。三つの祭祀圏は何を分けていたのか
2014.04.13
ここまで来ると、一つ試したくなります。
麻賀多神社。
鳥見神社。
宗像神社。
それぞれを地図に色分けして置く。
次に、昔の印旛沼の水面を重ねる。
古墳を置く。
古代集落を置く。
昔の川を置く。
低地と台地を分ける。
もし分布が完全に混ざり合えば、単純に同じ地域に複数の信仰が入っただけかもしれません。
でも、ある程度まとまって分かれて見えるなら、話は変わります。
水系が違うのかもしれない。
集落のまとまりが違うのかもしれない。
有力者の勢力圏が違ったのかもしれない。
あるいは、祭祀の役割自体が違っていた可能性もあります。
麻賀多は印旛の在地的な祭祀。
鳥見は饒速日や物部系統につながる記憶。
宗像は水運と治水。
もしそうなら、三つの神社群は競合していたのではなく、違う役割を持ちながら同じ社会の中に存在した可能性もあります。
現代でも、町には役割の違う施設があります。
役所。
港。
市場。
墓地。
寺社。
全部を一つの場所に集める必要はありません。
古代も同じだったかもしれません。
だから神社の違いを、すぐに民族や国家の違いへ結び付ける必要はない。
ただ、分布には意味があるかもしれない。
その程度の距離感で見る方が面白いと思います。
答えを急がず、形を見る。
歴史では、この「形」が思った以上に多くを語ることがあります。
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