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そして、その水の世界の西に麻賀多神社群がある

2014.03.29

東国三社から西へ目を移します。

現在なら県境を越え、成田や佐倉方面へ向かうことになります。

そこに、麻賀多神社があります。

一社だけではありません。

印旛地域には「麻賀多」を名乗る神社がまとまって残り、台方の麻賀多神社は近隣の麻賀多十八社の本宮とされています。伝承では印旛国造の伊都許利命が神を祀ったとされています。麻賀多神社

この分布が面白い。

鹿島神宮の系列が全国へ広がったのとは違います。

香取神社も全国各地にあります。

ところが麻賀多は、強く印旛地域に偏っています。

まるで、この土地に根を張った信仰のように見えます。

そこで現在の地図を一度消します。

印旛沼を現在の小さな水域だけで考えず、昔の広い水域を戻す。

さらに東へ、香取海まで視線を伸ばす。

すると麻賀多神社群は、東国三社から完全に離れた別世界ではありません。

同じ水系世界の、より西側に存在する祭祀圏として見ることができます。

ここで私は「東国三社と麻賀多神社は同じ宗教組織だった」とは考えません。

むしろ逆です。

違うから面白い。

鹿島には鹿島の祭祀がある。

香取には香取の祭祀がある。

印旛には麻賀多がある。

それぞれ別の地域社会があったとしても、水路があれば人は行き来できます。

魚を交換する。

米を運ぶ。

土器を持っていく。

婚姻も起きる。

争いもある。

祭りの日には別の土地から人がやって来ることもあったでしょう。

独立していることと、交流していることは矛盾しません。

むしろ人間社会は、だいたいそういうものです。

この視点を持つと、古代東国を「大和の地方」としてだけ見る必要がなくなります。

いくつもの地域社会があり、それぞれ自分たちの祭祀を持ちながら、水によって結び付いていた。

私は麻賀多神社群を、その世界を考える重要な手がかりとして見ています。

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