神社より先に、「船を着ける場所」があったのではないか
古社を調べるとき、どうしても由緒から読み始めてしまいます。
何年に創建された。
誰が祀った。
祭神は誰か。
もちろん大切です。
でも今回は、いったん全部後回しにします。
最初に見るのは、土地です。
水面はどこまで来ていたのか。
川はどこを流れていたのか。
台地へ上がる場所はどこか。
そこに船を着けられたか。
古代の交通では、荷物を大量に運ぶなら水運が有利です。
米。
塩。
魚。
木材。
土器。
鉄。
人。
全部動きます。
人と物が集まる場所では、交換が起きます。
市場のような場所もできる。
情報も集まる。
当然、争いも起きる。
それをまとめる人間も必要になる。
そして自然を相手に船を使う人々なら、祈りも必要になります。
順風を願う。
水害を恐れる。
豊漁を祈る。
無事に帰ることを願う。
そうして祭祀の場所が育っていった。
私は古社を考えるとき、そんな順番もあったのではないかと思っています。
「神社があるから町ができた」
だけではなく、
「人が集まる重要な場所だから祭祀が大きくなった」。
鹿島と香取にも、この考え方はよく当てはまります。
香取の海を中心にした巨大な水上交通圏の中で、鹿島と香取は重要な場所にあります。
香取神宮には、水運が盛んだった時代に舟で参詣する人々が使った船着き場の記憶も残ります。現在の津宮浜鳥居は、その水辺の信仰を考える上でも象徴的です。国土交通省 九州地方整備局
「津」という字が出てきたら、私は少し立ち止まりたくなります。
そこには人が水から陸へ上がった記憶が残っているかもしれないからです。
神社を探す。
その近くの「津」を探す。
古い川を探す。
昔の海岸線を探す。
古墳や集落跡を重ねる。
そうすると、神社一社だけを見ていた時には見えなかった、人間の生活圏が見えてきます。