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縄文人は、本当に「原始的」だったのか

2014.02.03

縄文時代の暮らしというと、

山で獣を追い、木の実を拾い、海で魚や貝を採る。

そんな素朴な生活を思い浮かべます。

でも私は、少し違って見ています。

彼らは何も持っていなかったのではなく、

自然の中から、必要なものを見つける力を持っていた人たち

だったのではないでしょうか。

春になれば山菜が出る。

夏には魚が動く。

秋には木の実が落ちる。

冬には獣の動きが変わる。

どこに水があるか。

どの谷に獣が通るか。

どの海辺で貝が採れるか。

どの木が道具に向いているか。

そうしたことを、暮らしの中で知っていたはずです。

今の私たちは、食べ物を店で買います。

水も蛇口から出ます。

でも縄文の人たちは、

土地そのものを読めなければ、生きられなかった。

だから、自然を見る目は今よりずっと細かかったのではないかと思います。

竪穴住居をつくる。

土器を焼く。

石器を磨く。

編み物をする。

魚を捕る。

木の実を保存する。

そして死者を葬る。

そこには、ただ生き延びるだけではない暮らしがあります。

土偶や装身具が残っていることを見ても、

人は食べることだけで毎日を過ごしていたわけではありません。

祈る。

飾る。

誰かを思う。

季節を感じる。

仲間と過ごす。

そんな時間もあったはずです。

私は縄文時代を見る時、

「文明がまだ発達していなかった時代」

とはあまり思いません。

むしろ、

自然の変化に自分たちの暮らしを合わせていた時代

だったのではないでしょうか。

海が変われば移る。

川が変われば住む場所を変える。

獲れるものが変われば、食べるものも変える。

自然を自分たちに合わせるのではなく、

自分たちが自然に合わせる。

そこには、今とは違う強さがあります。

便利ではなかった。

でも、

不便だから何もなかったわけではない。

人と自然の距離が、とても近かった。

朝の空。

川の音。

森の匂い。

季節の風。

そういうものが、そのまま暮らしの一部だった。

縄文人の生活を見ていると、

人間が豊かに暮らすというのは、

物をたくさん持つことだけではないのかもしれない。

私はそんなことを考えます。

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