日本人は、なぜ「もったいない」と言うのか
まだ使える。
まだ食べられる。
まだ直せる。
昔の日本人は、そこで簡単に終わらせませんでした。
今なら捨ててしまうような物でも、昔の人はもう一度考えた。
「まだ何かに使えないか」
この感覚を、日本では「もったいない」と言います。
私は、この言葉には日本人の考え方がかなり詰まっていると思っています。
物が少なかったから大切にした。
もちろん、それもあるでしょう。
でも、それだけではない。
木にも時間がかかる。
鉄を作るにも手間がかかる。
米を育てるにも季節が必要。
一つの道具ができるまでには、たくさんの人の手が入る。
だから、
使えるものを途中で捨てることは、その手間まで捨てることになる。
昔の人は、それを感覚的に分かっていた。
食べ物も同じです。
せっかく育ったものを残す。
せっかく命をいただいたのに捨てる。
そこに違和感があった。
だから「いただきます」と言う。
そして残さず食べようとする。
私は、「もったいない」は節約の言葉ではないと思っています。
命や時間や手間を、無駄にしないための言葉。
ここが面白い。
物にも意味がある。
道具にも思いが宿る。
自然にも神様を感じる。
そういう八百万の神の感覚ともつながっている。
だから日本人は、
壊れたら直す。
使えなくなったら別の用途にする。
着物をほどいて布として使う。
器を継ぐ。
道具を研ぐ。
最後まで役割を与える。
私は、この考え方が日本のものづくりを強くしたと思っています。
材料を無駄にしない。
加工も無駄にしない。
人の手間も無駄にしない。
そして、
できるだけ長く使えるものを作る。
それが職人の誇りにもなった。
「もったいない」は、古い言葉のように見えます。
でも実は、これからの時代にも必要な考え方かもしれません。
捨てる前に、一度考える。
本当に終わりなのか。
まだ役割は残っていないか。
昔の日本人は、物の最後まで見ていた。
私は、その視線こそ、日本人らしさの一つだと思っています。