縄文から弥生へ、家族の考え方はどう変わったのか
2013.10.17
縄文時代にも家族はあった。
親もいる。
子どももいる。
血のつながりもある。
でも私は、家族の境界は今よりずっとゆるやかだったと考えています。
一緒に暮らす。
一緒に食べる。
子どもを見る。
病気の人を助ける。
老人を支える。
そういう生活そのものが、人と人をつないでいた。
実際、縄文時代の複数埋葬では、同じ場所に葬られた人が必ずしも母子や血縁者ではなかった例も確認されています。J-STAGE
つまり、
一緒にいるから家族。
そんな感覚が、今より強かったのではないでしょうか。
ところが弥生時代になると、暮らしが変わります。
稲作が広がる。
土地を使う。
水を管理する。
収穫物を蓄える。
道具や技術を次の世代へ渡す。
すると、
誰と暮らすかだけではなく、
誰に何を残すか
が重要になります。
実際、弥生時代の集落や墓の研究では、血縁関係を結合原理とした集団が想定されています。J-STAGE
ここで家族の意味が少し変わった。
縄文では、
一緒に生きる仲間。
弥生では、そこに、
土地や仕事や技術を受け継ぐ仲間。
という意味が加わっていった。
私は、この違いが大きいと思っています。
弥生時代に縄文の家族観が消えたわけではない。
その上に、新しい考え方が積み重なった。
地域で助け合う感覚は残る。
でも同時に、
家。
血縁。
継承。
財産。
という意識も強くなっていく。
日本人の家族観は、縄文から弥生へ突然入れ替わったのではない。
ゆるやかな共同体の上に、家という新しい層が重なった。
私は、そう考えています。
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