本来の「和」は、我慢することではなかった
2013.10.15
日本人は「和を大切にする」とよく言われます。
でも今の「和」は、ときどき
空気を読む。
反対しない。
我慢する。
目立たない。
という意味で使われます。
私は、それは本来の和とは少し違うと思っています。
古い共同体で必要だったのは、
全員が同じになることではない。
得意なことも違う。
考え方も違う。
暮らし方も違う。
それでも一緒に生きること。
だから本来の和は、
違いを消すことではなく、違いをつなぐこと。
だった。
狩りをする人と、植物を知る人。
船を扱う人と、土器を作る人。
男性と女性。
若者と老人。
地元の人と、外から来た人。
違うからこそ、助け合える。
全員が同じ能力なら、共同体にはならない。
私は、日本の「和」は、本来もっとおおらかな言葉だったと思っています。
我慢して合わせることではない。
違うまま一緒にやること。
それが和だった。
新着記事
人気記事
カテゴリー
アーカイブ