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空海は、山の信仰をどう変えたのか【後編】

2014.10.13

役小角と空海。

生きた時代は違います。

役小角は7世紀後半から8世紀初め。

空海は774年に生まれています。

二人が直接出会ったわけではありません。

それでも、この二人を並べると一本の流れが見えてきます。

役小角の時代には、すでに山へ入る人たちがいました。

山で祈る。

修行する。

薬草を知る。

水を探す。

峠を越える。

鉱物を探す。

山は、恐れる場所であると同時に、生きるための知識が集まる場所でもありました。

役小角は、その古い山の世界を象徴する人物です。

そして、その約100年後に空海が現れます。

空海もまた、山へ入っています。

ただし、空海は唐から密教という強い体系を持ち帰りました。

そこで山の世界は終わったのではありません。

むしろ逆です。

古くからあった山の祈りと、新しい密教が重なっていった。

役小角の時代にあった山岳修行。

山に暮らす人々の知識。

土地ごとの信仰。

そこへ空海の密教が入る。

そして後の時代には、それらがさらに混ざり合い、修験道や各地の山岳信仰へつながっていく。

私は、この流れを「役小角から空海へ宗教が引き継がれた」とだけ考えたくありません。

もっと大きなものが受け継がれたのではないでしょうか。

山を読む力です。

どこに水があるか。

どこを越えれば隣の土地へ行けるか。

どこに危険があるか。

どの植物が使えるか。

どの岩や山が特別なのか。

そうした知識は、一人の宗教者が作れるものではありません。

長い時間、その土地で暮らした人々の積み重ねです。

役小角という名前の後ろにも、

空海という名前の後ろにも、

多くの名も残らなかった人たちがいた。

だから各地には、

役小角が開いた山。

空海が水を出した井戸。

空海が開いた温泉。

空海が越えた峠。

そんな伝承が残っていったのかもしれません。

本当にすべて本人が行ったかどうかより、

なぜ、その土地の人々がその記憶を二人の名前に託したのか。

私はそこが重要

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