役小角は、なぜ山へ入ったのか【前編】
2014.10.12
空海の伝承は、都の近くだけに残っているわけではありません。
山奥。
峠。
岬。
海辺。
人里から離れた場所にも数多く残っています。
なぜでしょう。
空海自身、若い頃から山林修行をしていたことが知られています。唐へ渡る前から、山の中で修行する世界に入っていました。
私はここで、空海が山へ入った理由を宗教だけで考えたくありません。
山には道があります。
峠があります。
水源があります。
鉱物があります。
薬草があります。
そして、その土地を知る人がいます。
山奥は何もない場所ではありません。
別の暮らし方を知る人たちの世界でもあります。
空海がそうした場所を歩いたことで、山の行者や土地の技術を持つ人たちと接点を持った可能性は十分にあります。
そして後世になると、空海の足跡をたどる巡礼文化が広がっていきます。
現在の四国遍路も、空海ゆかりの場所を山、海、岬、集落と結びながら巡る道になっています。
私は、この広がりを見ていると、
空海という一人の人物の記憶に、
土地の古い信仰や、
山の民の知識や、
水を扱う技術や、
道を知る人々の記憶まで、
少しずつ重なっていったように思えます。
だから空海伝承は、山や辺境に多いのではないでしょうか。
空海がすべてを作ったのではなく、
空海という名前が、もともとそこにあった人々の知恵や記憶を包み込んでいった。
そう見ると、各地に残る弘法大師伝説が、少し違って見えてきます。
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