縄文の「ゆるやかな家族」が、地域を守っていた
2013.09.24
今の私たちは、「家族」というと父、母、子どもを思い浮かべます。
でも縄文時代の家族は、もっとおおらかだったのではないでしょうか。
もちろん親子や血縁はあった。
でも、
「この子は私の家の子」
「この人は他人」
という境界は、今ほど強くなかった。
私はそう考えています。
同じ場所で暮らす。
一緒に食べ物を集める。
獲った物を分ける。
子どもを見る。
老人を支える。
病気やけがをした人を助ける。
そこでは、血がつながっているかどうかより、
一緒に生きているかどうか
の方が大切だった。
親を失った子どもがいれば、周りの誰かが面倒を見る。
狩りに行けない人がいれば、別の人が食べ物を持って帰る。
子どもが危ないことをしていれば、自分の子でなくても止める。
そうしなければ、小さな共同体そのものが続きません。
家族を一つの家の中だけに閉じ込めず、
地域全体を大きな家族のように考える。
私は、それが縄文の暮らしだったと思っています。
もちろん、その社会にも良いことばかりではなかったでしょう。
人間が集まれば、けんかもある。
合わない人もいる。
でも、家族の境界がゆるやかだからこそ、一つの家に何かがあっても地域全体で補うことができた。
ゆるい社会は、弱い社会ではない。
むしろ、
誰かが欠けても、別の誰かが支えられる社会。
だから強かった。
縄文の「ゆるやかな家族」は、人を守る仕組みであり、同時に地域を守る仕組みでもあった。
私はそう考えています。
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