神道は、なぜ何でも受け入れられたのか
2013.08.29
日本の神道は、少し変わっています。
山も神さま。
森も神さま。
岩も神さま。
水も神さま。
祖先も神さま。
地域を豊かにしてくれた人も神さま。
一つの神さまだけを信じる形ではありません。
私は、その理由はかなり古いところにあると思っています。
もともとの日本には、自然そのものを大切にする感覚がありました。
大きな木。
動かない岩。
水を生む山。
食べ物を与えてくれる森。
そういうものに感謝する。
そして、地域を守った人や、暮らしを良くしてくれた祖先にも感謝する。
そこへ、外から新しい文化や信仰が入ってきました。
でも、日本は古いものを捨てませんでした。
新しい神さまが来ても、昔の神さまを消さない。
仏教が入ってきても、神社は残る。
むしろ、
「それも大切なら、一緒に祀ればいい」
くらいの感覚だったのではないかと思います。
だから日本では、違う信仰がぶつかるだけでなく、混ざっていった。
神さまと仏さまが同じ地域で祀られる。
山の信仰に仏教が重なる。
外から来た祭祀も、日本の土地に合わせて形を変える。
私は、これも日本らしい進化だと思っています。
古いものを守るために、新しいものを拒絶するのではない。
新しいものを受け入れるために、古いものを捨てるのでもない。
両方を残しながら、少しずつ形を変えていく。
だから神道には、いろいろな時代の文化が重なって残っている。
日本の神さまが多いのは、まとまりがないからではありません。
長い時間をかけて、いろいろなものを受け入れてきた記録。
私は、そんなふうに見ています。
新着記事
人気記事
カテゴリー
アーカイブ