神社は、祈る場所になる前に、人が集まる場所だった
2014.09.03
神社というと、鳥居があり、参道があり、その奥に本殿がある風景を思い浮かべます。
けれど、もっと古い時代まで戻って考えると、最初から立派な建物があったわけでは
ありません。
山の民なら、峠や山裾、湧水、巨石、深い森。水の民なら、津、河口、湖岸、入り江。
人が自然に集まる場所がありました。
そこへ人が来る。
山から木や獣の皮を持ってくる人がいる。
海から魚や塩を運んでくる人がいる。
別の集落から土器や道具を持ってくる人もいる。
物を交換し、知らない土地の話を聞き、今度どこへ行けば何が手に入るのかを知る。
そんな場所には、物だけでなく情報まで集まります。
そして人間が集まれば、祈りも生まれるでしょう。
今年も山の恵みを得られたことに感謝する。
無事に船が帰ってきたことを喜ぶ。
亡くなった家族や祖先を思う。
次の季節も食べ物が取れるように願う。
最初は、巨石だったかもしれません。
大きな木だったかもしれない。
湧水だったかもしれない。
海を見渡せる岬だったかもしれない。
そこで人々が何度も集まり、同じことを繰り返すうちに、「ここは大切な場所だ」と
いう記憶が生まれる。
やがて、しめ縄を張る。小さな祠を置く。屋根を付ける。何世代も後になって社殿が建つ。
そしてさらに時代が下り、鳥居や参道が整えられて、私たちが知る「神社」の姿に
なっていった。
そう考えると順番は、神社が先ではありません。
場所が先です。
人が集まる。
祭りが生まれる。
場所が特別になる。
その後に建物ができる。
神社の原点は、神様のための立派な家ではなく、人と自然、人と祖先、人と人が出会う
場所だったのかもしれません。
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