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田村麻呂は、なぜ鈴鹿で神になったのか

2014.03.06

滋賀県甲賀市土山町。

鈴鹿峠へ向かう場所に、田村神社があります。

祭神の一柱は、

坂上田村麻呂。

滋賀県神社庁に残る由緒では、弘仁年間に田村麻呂が祀られたと伝えています。

そしてここにも、

「鈴鹿山の悪鬼を平定した」

という伝承があります。

ただし注意が必要です。

これは神社に伝わる由緒です。

そのまま田村麻呂存命中の出来事を証明する一次史料ではありません。

それでも私は、

由緒を無意味だとは思いません。

なぜなら、

一つ別の問いを立てられるからです。

なぜこの土地の人々は、

田村麻呂を祀り続けたのでしょう。

神社の由緒には、

悪鬼を平定したあと疫病などが起こり、厄除けの祭祀が行われるようになったという物語も残っています。

鬼を倒した英雄。

その後、

災厄を防ぐ神になる。

ここには、人間の心理が見えます。

怖い敵を倒せるほど強い人なら、

自分たちを病気や災害からも守ってくれるかもしれない。

武人だった人が、

守護神へ変わっていく。

日本各地の英雄伝承には、このような変化がよくあります。

でも田村麻呂の場合、

さらに複雑です。

実際の田村麻呂は、

朝廷軍を率いて東北へ向かった人物です。

アテルイたちと戦った側です。

ところが鈴鹿では、

旅人を守る存在となり、

厄除けの神になる。

東北ではまた違った田村麻呂像が残る。

一人の人間なのに、

土地が変わると物語も変わる。

これこそ「土地の記憶」なのだと思います。

田村麻呂という人物そのものより、

その土地の人々が何を願ったのか。

それを見ると、

神社の由緒は、

ただの昔話ではなくなってきます。

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