弓削部・矢作部・玉作部|古代日本を支えた職能集団
2013.08.01
古代日本の記録には、「部」という名前を持つ多くの集団が登場します。
弓削部。
矢作部。
玉作部。
楯部。
倭文部。
大刀佩部。
『日本書紀』垂仁天皇39年条では、大刀一千口を作る話とともに、楯部、倭文部、神弓削部、神矢作部、玉作部など、十の品部が記されています。
名前を見るだけでも、それぞれがどのような仕事に関わっていたのかが想像できます。
弓を作る。
矢を作る。
玉を加工する。
盾を作る。
織物を作る。
こうした技術は、一日で身につくものではありません。
材料の特徴を知り、道具を使い、失敗を繰り返しながら覚えていく。
そして、その技術を次の人へ伝えていきます。
これは現代のものづくりと変わりません。
古代社会というと、王や豪族が人々を動かしていた世界を想像しがちです。
しかし実際に社会を形にしていたのは、それぞれの仕事を持った人々です。
弓を作れる人。
矢を作れる人。
金属を加工できる人。
玉を磨ける人。
布を織れる人。
一つの大きな仕事を完成させるためには、こうした技術を持つ人々がつながる必要があります。
そして、それぞれの集団が別々に存在していただけではありません。
作った物を運ぶ人が必要です。
保管する人が必要です。
必要な場所へ届ける人も必要です。
古代の日本列島を支えていたのは、巨大な一族だけではなく、こうした職能集団のネットワークだったのではないでしょうか。
歴史には、王や豪族の名前が残ります。
しかし、その社会を実際に作ったのは、名前の残らなかった職人たちです。
弓削部、矢作部、玉作部という名前は、そんな古代のものづくりの姿を今に伝えているのではないでしょうか。
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