奈良盆地も、昔から今の「奈良」だったのか
2014.07.12
奈良盆地を見ると、平らな土地の中央に町があり、その周囲を山が囲んでいます。
現在なら、とても住みやすそうに見えます。
でも昔から同じだったわけではありません。
奈良盆地にも水の多い低地があり、川は今より自由に流れました。湿地も広がり、人が安定して暮らせる場所と、簡単には使えない場所が混在していました。
そこで重要になるのが盆地の縁です。
少し高い。
洪水を避けやすい。
山から水が取れる。
低地の田畑へ下りられる。
峠を越えれば別の地域へ行ける。
こういう場所に古い集落や祭祀が生まれるのは自然です。
そして西側には生駒山があります。
生駒を越えれば河内湖の世界。
東には伊勢方面へ向かう道。
南には吉野。
北へ行けば山城。
奈良は盆地の中だけで完結した世界ではありません。
周囲の峠によって外部とつながっています。
そう考えると、大和の勢力が強くなった理由も、「盆地の中央に都があったから」だけでは説明できません。
水。
農業。
峠。
交易。
外部との連絡。
それらを押さえられる地理条件があった。
長髄彦や饒速日を考える時にも、王権の物語だけではなく、この交通の十字路としての奈良を見る必要があります。
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