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勝った側の記録だけで、敗れた側を裁いていいのか

2014.05.05

古代東北の戦いについて私たちが読む文字記録の多くは、律令国家側によって
残されたものです。

これは重要です。

記録があること自体はありがたい。

年代が分かる。

人物名が分かる。

戦いの経過も分かる。

でも、その記録を書いた側と、討たれた側は同じではありません。

アテルイやモレ自身が書いた記録は残っていません。

彼らが何を守ろうとしたのか。

自分たちを何と呼んでいたのか。

なぜ戦うことを選んだのか。

その言葉は残っていません。

それなのに、勝った側が「賊」と書いたから賊だった、「反乱」と書いたから反乱だった、
とそのまま受け取ってしまえば、敗れた側は最初から発言する場所を失います。

だからこそ、別のものを並べる必要があります。

土地に残る伝承。

墓や塚。

神社。

地名。

遺跡。

出土物。

昔の地形。

祭り。

これらは、敗れた側の証言そのものではありません。

後世に変化したものも多い。

それでも文字記録とは違う方向から、その土地の記憶を残しています。

文献を捨てる必要はありません。

むしろ大切に読む。

ただし、書いた人間の立場まで読む。

それが必要です。

歴史書に書かれた事実と、その事実につけられた評価は同じものではありません。

「戦った」。

これは出来事です。

「賊が反乱した」。

そこには評価が入っています。

この二つを分けるだけでも、歴史はかなり違って見えてきます。

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