主人公として生きるのか、傍観者として生きるのか(前編)
私は映画を観ることが好きです。
特にアクション映画やSF映画を観るときは、自分が主人公になったつもりで観ています。
もし自分がその場にいたらどうするだろう。
この状況をどう乗り越えるだろう。
そんなことを考えながら観ているので、自然とドキドキしますし、物語の中に入り込むことができます。
一方で、ドキュメンタリー映画を観るときは少し違います。
誰かの人生や功績、出来事の記録として観ることが多く、どうしても傍観者の立場になりやすいのです。
もちろん、そこで得られる学びはたくさんあります。
「なるほど」
「そんな考え方があるのか」
「すごい人だな」
そう感じることも少なくありません。
しかし、それだけで終わってしまうと、結局は他人事のままです。
私が興味を持つのは、その先です。
なぜそうなったのか。
本当にそうなのか。
別の見方はないのか。
実際に試したらどうなるのか。
そうやって調べたり考えたり行動し始めた瞬間、私は傍観者ではなくなります。
当事者になります。
主人公になるのです。
ものづくりの世界でも同じことを感じます。
同じ情報を見ても、受け取り方は人によって大きく違います。
「そういうものなんだ」と知識として受け取る人もいます。
一方で、「では自分ならどうするか」と考え始める人もいます。
どちらが正しいという話ではありません。
ただ、その違いは仕事への向き合い方にも現れるように思います。
研究開発でも生産現場でも、課題は次々に発生します。
そのとき、「誰かが解決してくれるだろう」と考えるのか、「自分にできることはないか」と考えるのか。
その小さな違いが積み重なり、大きな差になっていくのではないでしょうか。
(株)アリスは、切削加工やリバースエンジニアリング、表面処理など様々なものづくりに関わっています。
その中で感じるのは、優れた成果は特別な能力だけから生まれるわけではないということです。
自分が当事者として考えるかどうか。
まずはそこから始まることが多いように思います。
主人公として考える人と、傍観者として考える人。
私は、その違いが仕事だけではなく、生き方そのものにも表れているように感じています。
後編では、会社や上司は人を変えられるのかというテーマについて、(株)アリスの考えを書いてみたいと思います。