「話さなくても一緒にいられる関係」が、昔は普通だった
2014.01.23
今は、誰かと一緒にいると、
何か話さなきゃ。
盛り上げなきゃ。
気まずくならないようにしなきゃ。
そんなふうに感じることがあります。
でも昔の日本では、もっと静かな関係も普通だった。
同じ縁側に座る。
一緒に畑仕事をする。
道具を直す。
火を囲む。
お茶を飲む。
ずっと会話がなくてもいい。
同じ場所にいる。
それだけで関係が成り立っていた。
私は、これが日本人の人間関係の特徴の一つだったと思っています。
相手を楽しませ続けなくてもいい。
自分を面白く見せなくてもいい。
黙っていても嫌われたとは思わない。
むしろ、
沈黙を共有できることが、安心だった。
今は、会話の量で関係の近さを測りがちです。
たくさん連絡を取る。
すぐ返事をする。
話題を切らさない。
でも、本当に近い人とは、何も話さなくても平気だったりする。
私は、昔の共同体には、その感覚がもっと自然にあったと思っています。
毎日顔を合わせる。
同じ場所で暮らす。
一緒に働く。
だから、いちいち言葉で確認しなくてもいい。
「今日もいるな」
それだけで十分だった。
もちろん、言葉は大切です。
でも、人は言葉だけでつながっているわけではない。
同じ景色を見る。
同じ音を聞く。
同じ時間を過ごす。
そういうものも、人をつないでいる。
私は、日本人の「間」という感覚は、空間だけではなく、人と人の間にもあったと思っています。
近すぎない。
遠すぎない。
話しすぎない。
離れすぎない。
そのちょうどよさ。
話さなくても一緒にいられる。
それは、何もない関係ではない。
むしろ、かなり深い関係なのかもしれません。
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