役小角は、なぜ山へ入ったのか【前編】
2014.10.09
空海より前に、すでに山へ入っていた人たちがいました。
その代表として語られるのが、役小角です。
役小角は後世、修験道の開祖として尊ばれました。
吉野や大峯の山々には、その伝承が濃く残っています。
でも私は、役小角を「一人の超人」として見るより、その背後にいた人たちを
考えたいと思います。
山には、昔から人がいました。
木を扱う人。
獣を追う人。
薬草を知る人。
鉱物を探す人。
峠を越える人。
水の場所を知る人。
つまり山は、誰も近づかない異界ではなく、生活と技術の場所でもありました。
そこへ祈りが重なり、修行が重なり、後に仏教も重なっていった。
奈良県の弥山山頂からは、空海が唐から密教を伝える以前の古式密教に関わる三鈷杵が
出土しています。
奈良国立博物館は、当地での修験的な活動が奈良時代までさかのぼる可能性を示す資料
としています。
ここが重要です。
山の信仰は、空海から始まったのではない。
空海が現れる前から、人は山へ入り、祈り、修行し、特別な場所として扱っていました。
役小角という名前の向こうには、もっと多くの名も残らなかった山の人たちがいたはずです。
そして約100年後、その山の世界へ空海が入ってきます。
空海は何を新しく持ち込み、何をそのまま受け継いだのでしょうか。
そこを見ると、山岳信仰がどう変わったのかが見えてきます。
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