流行が作る英雄と、土地が残す英雄は違う
2014.09.20
映画や小説、漫画やドラマは、人を一気に英雄へできます。
強い。
頭がいい。
戦に勝つ。
派手な台詞を言う。
物語としては面白いです。
でも流行は終わります。
作品を見た世代が年を取る。
次の人気者が現れる。
そして忘れられる。
それとは別に、ほとんど宣伝されていない人物の墓へ、何百年たっても人が来ることがあります。
酒が置かれる。
花が置かれる。
石が積まれる。
地元の人が掃除する。
これは流行とは違います。
誰かが覚えていた。
その次の世代にも伝えた。
そしてまた次へ渡した。
なぜでしょう。
強かったからでしょうか。
勝ったからでしょうか。
私は、それだけではないと思います。
人を守った。
困っている人を見捨てなかった。
土地を守った。
自分だけ逃げなかった。
裏切られても、仲間まで捨てなかった。
そういう人間の姿が、土地の人の心に残ったのではないでしょうか。
アテルイやモレ。
饒速日。
そして長髄彦のような人物を考える時、私は墓の大きさより、記憶の長さを見たいと思います。
巨大な権力があれば、大きな墓は作れます。
でも愛されることを命令することはできません。
権力が作る英雄と、人々が忘れない人物は同じとは限らない。
流行は人を有名にする。
記憶は、人を残す。
私は、その差はとても大きいと思います。
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