吉備津神社も、「人が集まる場所」から見てみる
2014.09.08
吉備津神社も同じです。
現在は大きな社殿と長い回廊で有名ですが、もっと古い吉備へ戻れば、そこには巨大な地域社会がありました。
瀬戸内海を使って東西へ動ける。
川を使って内陸へ入れる。
大きな古墳を造れるほどの有力者がいる。
農業もある。
鉄などの資源へつながる道もある。
人が集まる条件が揃っています。
その社会の中で、吉備中山のような特別な山がある。
祖先を葬る。
祭祀をする。
季節ごとに人が集まる。
後世になると、その祭祀が神社という形へ整えられていく。
そう考えると、吉備津神社だけを単独で見るより、吉備という大きな地域社会の「集まる場所」として見る方が面白くなります。
神社が地域を作ったのではなく、地域社会が先にあった。
その社会に必要だった場所が、後に神社として残った。
この順番です。
鹿島・香取でも。
麻賀多でも。
磐船でも。
吉備津でも。
場所は違う。
祀る神も違う。
それでも、人間が「大切な場所」を作る順番には、共通するものがあるように思います。
新着記事
人気記事
カテゴリー
アーカイブ