鹿島・香取も、最初は「神宮」ではなかった
2014.09.07
現在の鹿島神宮や香取神宮を見ると、あまりにも立派なので、最初から巨大な祭祀施設
だったような錯覚をします。
でも当然、最初から現在の社殿があったわけではありません。
もっと前には、香取の海があります。
津があります。
船があります。
古墳があります。
集落があります。
人がいます。
その中で、どこか特別な場所が選ばれた。
航海の安全を願ったのかもしれない。
水害を恐れたのかもしれない。
地域の祖先を祀ったのかもしれない。
別の集落と大きな祭りを行ったのかもしれない。
そこへ何世代も人が集まり続けた。
やがて祭祀を管理する人が現れる。
建物も作られる。
地域の政治と結び付く。
さらに国家の制度の中でも特別な位置を持つようになる。
こうして「神宮」になった。
そう考えると、鹿島・香取を理解する時に、本殿から始めるのはかなり後の時代
から見ることになります。
その前に、
なぜ人はここへ集まったのか。
そこを見る。
広大な水域。
船。
津。
水上交通。
有力者。
大きな古墳。
それらを重ねた方が、二つの神宮が巨大になった理由を人間の側から
考えやすくなります。
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