富士山の神社には、最初から社殿があったわけではない
2014.08.15
富士山本宮浅間大社の古い祭祀を調べると、面白い場所があります。
山宮です。
現在の立派な神社とは違い、もともとそこには大きな社殿がなく、富士山そのものを
直接拝む形の祭祀が行われていたと考えられています。
これは、神社の始まりを考えるうえでとても面白い。
私たちは神社を見ると、
鳥居がある。
拝殿がある。
本殿がある。
それが神社だと思います。
でも、その前はもっと単純だったのかもしれません。
山を見る。
岩を見る。
水を見る。
大木を見る。
そこに祈る。
社殿がなくても神はいる。
むしろ、人間が建物を造る前から山はそこにあります。
富士山のような巨大な自然を前にしたら、建物の中へ神を閉じ込めるという発想自体、
後から出てきたものなのかもしれません。
これを鹿島・香取や麻賀多へ戻して考えると面白い。
最初から現在の神社があったわけではない。
水辺で祈った。
岩を祀った。
森を祀った。
祖先の墓を祀った。
そこに長い時間をかけて社殿ができた。
「神社の創建年」を探すだけでは、本当の始まりは見つからないことがあります。
建物より前に、祈りがあった。
私はその順番を忘れない方がいいと思います。
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